最初は清らかできれいに澄んでいた清水でも、それが流れずに溜っていると腐敗するしかありません。セックスも同様に、変化なく停滞して留まっていると、楽しさは徐々に減っていきます。そのため変化の努力をしないとセックスの楽しさと幸福は、時間(歳月)と反比例することになるのです。
セックスは一人でするものではなく、相手と一緒に行動をする実戦的な行為です。したがって一人だけの努力で全体を変えるには限界がありますが、それでも二人のうち一人が変化を始めると、相手も次第に変化するようになります。
セックスがもう楽しくなくなり、義務になっていたり労働のように認識されたり、代価と目的がセックスに介入し始めたとしたら、もうそこには楽しさや幸福感は存在しません。できればセックスを避けたくなり、セックスを認識すると面倒くさく疲れるという気持ちが先立ってしまいます。
皆さんが恋愛をしていたとき、新婚のときのセックスは幸福感、喜び、希望に満ちていたはずです。ときめいてバラ色一色だったものが、セックスがいつも同じ方法でいつも同じ感情が繰り返された結果、それに慣れ、それ以上の新鮮さがなくなり、日常の疲れなど周りの環境によって二人にとってセックスは無意味なものになります。
このように慣れはセックスをネガティブに捉える観点に変えるために、継続的な変化が必要です。だからといって、相手を新しい相手に変えるという意味ではありません。現在の方法と形を変化させればよいのです。
自分のセックスに問題が発生しているなら、慣れによって無意味になったセックス、マンネリ化したセックスに新鮮さをもたらし、変化をとおして恋愛や新婚の時のような幸福感、喜び、希望に満ちたセックスに変えなければなりません。この時、一過性に留まり再び慣れを繰り返すのではなく、自らセックスに継続的な変化と新しさを持たせる能力が必要になりますので、活用能力と主導能力も備える必要があります。
そのためには男女の性が体と心にどのような影響を与えるのか正確な原理を知る専門家の助けが必要であり、変化を望む当事者は自分を変化させる意志をもって、専門家の助けを受けながら、自分の時間、費用、努力をつぎ込む心構えをもつことが変化への意志であり変化への第一歩であります。